大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所宮崎支部 昭和62年(ネ)193号 判決

主文

一  原判決中被控訴人佐土原町に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人佐土原町は控訴人に対し、金一四九万円及び、これに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人国に対する控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人佐土原町の、その余を控訴人の各負担とする。

四  この判決は第一項1につき仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らは控訴人に対し、連帯して金四七三万三〇〇〇円、及び、これに対する昭和六〇年九月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  2、3項につき仮執行宣言。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人は、昭和六〇年九月一二日、宮崎地方裁判所(ケ)第三四三号〈編注・昭和五九年(ケ)第三四三号〉不動産競売事件(以下、「本件競売事件」という。)において別紙物件目録記載の各土地(以下、総称して「本件競売物件」と、個別には番号により「物件(一)」などといい、特に物件(六)を「本件土地」という。)を代金三一〇〇万円で買い受けた。

2  本件土地の地積は、右競売当時、登記簿上及び本件競売事件においては六一三・三二平方メートルと記載されていたが、実際には四一三・三二平方メートルしかなかった。

3  被控訴人佐土原町の過失と責任

(一) 被控訴人佐土原町は、本件土地につき、国土調査法に基づく地籍調査及びその成果を法務局(登記所)へ送付する事務を行うにあたり、測量結果における本件土地面積は四一三・三二平方メートルとされていたのに、地籍簿を作成した担当職員において誤って地籍を六一三・三二平方メートルと記載して送付してしまい、その結果本件土地の登記簿の地積の欄に「六一三・三二平方メートル」、原因及び日付欄に「国土調査の成果」と記載されるに至った。

(二) 右は被控訴人佐土原町の公権力の行使に当たる職員において、その職務を行うにつき過失があったことに該当するから、被控訴人佐土原町は控訴人に対し、国家賠償法一条一項により控訴人の蒙った後記損害を賠償する責任がある。

4  被控訴人国の過失と責任

(一) 本件競売事件において執行裁判所である宮崎地方裁判所裁判官は、本件競売物件の評価を評価人(被控訴人国補助参加人)森喬樹に命じた。同評価人は、評価を命じられた物件について一般の取引上要求される程度の測量を行いその面積を調査する義務があるのにこれを怠り、本件土地について漫然と登記簿に表示されたとおりの地積があるものと即断した過失により実測面積の不足を看過し、登記簿上の地積を基礎としてその評価額を算出したうえ、評価書を執行裁判所に提出した。

(二) 執行裁判所裁判官は、評価書の提出がなされた場合、評価書から面積の確認がなされていないことが窺えるときは、前記の程度の測量を行うよう命じるべきであるのに、評価書の記載を漫然と信じてその過誤を見過ごし、評価人の評価額に基づいて最低売却価額を決定して、爾後の手続を進行させた。

(三) 不動産競売事件における評価人は、執行裁判所裁判官の補助者としての立場にあり、その過失は裁判官の過失と評価すべきものであるし、また右のとおり裁判官自身にもその職務を行うに当たり過失があったものというべきである。

したがって、被控訴人国は控訴人に対し、国家賠償法一条一項により控訴人の蒙った後記損害を賠償する責任がある。

5  損害

(一) 被控訴人両名に対する主張

控訴人は、本件競売事件において、本件競売物件を一括して金三一〇〇万円で買い受けたが、本件土地についてはその地積が登記簿の表示どおり六一三・三二平方メートルあるものと信じていた。

そして、物件(一)(二)の建物は評価人の評価額どおり合計金二七六万二〇〇〇円、物件(三)(四)の建物は老朽化して取引上無価値と判断し、右買い受け代金額から右評価額を控除した金二八二三万八〇〇〇円をもって物件(五)の土地と本件土地の時価相当額と判断した。

したがって、物件(五)の土地と本件土地の地積合計は、本件土地の地積が六一三・三二平方メートルあるものとして、一一九三・二二平方メートルであるから一平方メートル当り時価二万三六六五円となり、本件土地の時価として相当というべきところ、真実は面積が二〇〇平方メートル少なかったのであるから、不足分の時価相当額は金四七三万三〇〇〇円となり、控訴人は買い受ける土地の地積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていれば、右の金四七三万三〇〇〇円を減額して買い受けたものであって、同金額は控訴人の蒙った被控訴人らの前記過失と相当因果関係ある損害というべきである。

(二) 被控訴人佐土原町に対する選択的主張

(1) 本件土地について、訴外高鍋信用金庫(以下「訴外金庫」という。)は、訴外朝日建商株式会社を債務者として昭和五六年七月七日付け、及び、同年一二月一二日付けでそれぞれ極度額を金一〇〇〇万円とする根抵当権の設定を受けており、また控訴人は、訴外杉本和を債務者として昭和五九年三月二四日付けで極度額二〇〇〇万円の根抵当権の設定を受けていたが、控訴人は、本件競売開始後の昭和六〇年六月一八日、訴外金庫から同金庫の右各根抵当権及びこれによって担保された債権を金一六〇〇万円で譲り受けた。

(2) 訴外金庫は本件土地が登記簿記載のとおりの面積を有するものとして融資を実行し本件土地に担保を設定していたもので、本件土地の面積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていれば、貸出額をおさえ、極度額を設定するにあたっても右不足分だけ減額し、およそ金一五〇〇万円程度の極度額で設定したものと推測される。

控訴人は(1)のとおり、訴外金庫から根抵当権と被担保債権を譲り受けたが、その際同金庫の有する被担保債権額二〇〇〇万円のうち金四〇〇万円を減額してもらい、その結果金一六〇〇万円で根抵当権等を譲り受けたものであり、本件土地の面積が正しく記載されていれば、控訴人は右金額から、さらに少なくとも前記不足分時価相当額四七三万三〇〇〇円程度減額した金額で根抵当権等を譲り受けることができた。

(3) また控訴人も、前記訴外杉本に対し貸出をし本件土地に極度額二〇〇〇万円の根抵当権を設定するに当たり、その面積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていれば、本件土地の担保余力がほとんどないものとして、多額の貸出を行うことはなく、少なくとも前記不足分時価相当額の貸出をおさえていたものである。

(4) さらに前記(2)のとおり訴外金庫も本件土地を担保として融資を実行するに当たり、本件土地の面積が登記簿上の地積どおりあるものとして貸付けを行い、また、担保力を評価していたもので、面積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていれば、少なくとも右不足分時価相当額の貸付及び極度額の設定はしていないものであるし、これを逆にみると、債務者または本件土地所有者は訴外金庫から二〇〇平方メートル分不当な金融上の利益を受けているものであり、訴外金庫に右同額の損害が発生しているものというべきであり、右金額は訴外金庫が被控訴人佐土原町の過失により蒙った相当因果関係ある損害というべきところ、控訴人は前記のとおり訴外金庫からその根抵当権を譲り受けたので、訴外金庫の被控訴人佐土原町に対する右損害賠償請求権を承継取得した。

(5) 以上により、いずれにしても控訴人は、金四七三万三〇〇〇円の損害を蒙っているところ、右損害は被控訴人佐土原町の過失と相当因果関係あるものというべきである。

6  よって、控訴人は被控訴人らに対し、不真正連帯債務として、連帯して金四七三万三〇〇〇円、及びこれに対する本件土地を買い受けた日の翌日である昭和六〇年九月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(被控訴人佐土原町)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の(一)の事実は認め、(二)は争う。

国土調査の成果である地籍簿及び地図は、行政官庁の内部における資料にとどまり、それらの記載により国民の権利が侵害されるという性質を有するものではない。

3(一) 同5(一)の事実は争う。

(二) 同(二)のうち、訴外金庫及び控訴人が主張にかかる根抵当権を設定していたことは認め、その余の各事実は不知ないし争う。

4 同6は争う。

5 被控訴人佐土原町の主張

(一) 本件において地積の表示の誤りに関わりなく、控訴人に損害が発生していないことについては、後記被控訴人国及び参加人の主張のとおりであるのでこれを援用する。

(二) 仮に控訴人になんらかの損害が発生しているとしても、控訴人主張の損害は、被控訴人佐土原町の行為と相当因果関係がない。

すなわち、被控訴人佐土原町は、昭和四五年一二月四日から昭和四六年三月三一日までの間に国土調査として本件土地付近の実地調査を行い、その調査に基づき同年八月から昭和四七年七月までの間に地籍簿を作成し、その後同年九月一日から同月二〇日まで閲覧期間を設けて関係者に閲覧させた。本件土地の当時の所有者であった訴外杉本盛義は、同月七日に当該地籍簿を閲覧したが、同人からなんら異議の申出もなく、右期間経過後の昭和四八年一〇月一日、本件土地について国土調査の成果による登記がなされた。

本件競売事件は右の登記から一〇年以上も経過した昭和五九年九月二七日に申し立てられたものであるが、土地の形状や範囲は長い年月を経過すれば変化することがあり、取引などを行う場合は直前の状態を確認するべきであって、これは競売による場合でも同様である。

本件において、控訴人は右の確認を怠っているので、控訴人主張の損害は被控訴人佐土原町の行為と相当因果関係がないものというべきである。

(被控訴人国)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2のうち、本件土地の実測面積が四一三・三二平方メートルであることは不知、その余の事実は認める。

3(一) 同4の(一)のうち、評価人に過失があったとの点は争い、その余は認める。

(二) 同(二)は争う。

4 同5の(一)は争う。

5 同6は争う。

6 被控訴人国の主張

(一) 責任について

(1) 不動産競売事件において、執行裁判所が評価人を選任して競売不動産の評価を命じ、その評価に基づいて最低売却価額を定めなければならないとされているのは、執行裁判所においては、通常不動産を適正に評価するだけの専門的知識を有するものがいないため、これを有する不動産鑑定士等を評価人に選任して、競売不動産の適正な評価を得ようとする趣旨によるものである。そして評価人の行う鑑定評価は、専らその専門的な知識経験を用いて行うのであって、その過程には執行裁判所の指揮、監督などの入り込む余地はない。

したがって、評価人は、裁判所とは独立して専門家として意見を述べるものであって、裁判所の補助機関ではなく、かつ裁判所に属して評価を行うものでもないから、仮に評価人に過失があってもこれをもって執行裁判所の過失とみることはできないものである。

(2) 執行裁判所は、右のとおり評価人の評価に基づいて最低売却価額を決定すべきものとされているから、評価人のなした評価において適正な評価がなされ、買受人の引き受ける担保権や用益権が適正に考慮されているときには、計算の誤り等評価書の記載自体から明白に看取しうる誤りが存し、執行裁判所が自らこれを是正しうるような特別の事情がない限り、当該評価額をもって最低売却価額と決定すべきであり、その場合には執行裁判所の右処分には違法はないものというべきである。

そして本件競売事件においては、本件土地の公簿上の地積と実測面積が異なることを認めるに足りる資料はなかったものであり、本件執行裁判所裁判官が評価人の評価に基づいて最低売却価額を決定したことになんら違法はない。

(3) 一般に、競売の対象となる不動産の評価に瑕疵があり、瑕疵ある評価に基づいて最低売却価額が定められた場合、最高価買受申出人又は買受人は、その最低売却価額の決定に対して民事執行法一一条一項による執行異議を申し立てることができ、また右最低売却価額に従ってなされた競売についての売却許可決定に対して同法七四条による執行抗告の申立をすることができ、売却許可決定が確定した後でも民事訴訟法四二〇条一項所定の事由が存するときは同法四二九条による再審抗告の申立ができる場合もあるのである。

このように執行裁判所の違法な処分に対しては、執行法上の各救済手続によって是正することが法律上予定されているのであるから、執行裁判所が自らその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合を除き、右執行法上の手続による救済を求めることを怠ったために損害が発生したとしても、その損害を国に対して請求することができないものと解すべきである。

ところが控訴人は、本件競売事件において、右のような執行法上の救済手続をとらず、右の特別の事情も存しないのであるから、被控訴人国に対する本訴請求は理由がない。

(二) 損害について

本件競売事件において、宮崎地方裁判所は、昭和六〇年六月二八日、控訴人に対し本件競売物件を一括して金三一〇〇万円で売却を許可する売却許可決定をしたが、当時控訴人は、訴外金庫から譲り受けた債権額を含め金三七四二万円余の債権を有していたところ、同裁判所は、同年九月一二日の配当期日において、右売却代金につき、手続費用として金六七万五三一八円を控除したうえ、本件物件(二)に対する第一順位の債権者である訴外住宅金融公庫に金二一四万四七一七円を、その余の本件競売物件に対する第一順位の債権者である控訴人に残金二八一七万九九六五円全額をそれぞれ配当した。

右のとおり、本件競売事件においては、債権者である控訴人が競落したことから、仮に控訴人主張のとおり、本件土地の地積が二〇〇平方メートル少なく、控訴人が本件競売物件を四七三万三〇〇〇円減額した金二六二六万七〇〇〇円で買い受けたとしても、右配当中手続費用と訴外住宅金融公庫に対する配当額は同一であるから、控訴人に対する配当額が四七三万三〇〇〇円少なくなるだけにすぎない。しかも控訴人は、本件買受に際し、民事執行法七八条四項による差引納付の申出をしていたから、控訴人が出捐を要する金額にはなんら変わりはないものである。

このように本件においては、買受代金の相違は控訴人に対する配当額がその分だけ増減するにすぎず、しかも控訴人の出捐額にはなんら影響を及ぼさないのであるから、控訴人に損害が発生したものということはできない。

なお、控訴人が四七三万三〇〇〇円減額した代金で買い受けたとすると、配当分が右金額分だけ減少する代わりに控訴人の残債権額がその分増加することになり、この意味で本件においては右金額分残債権が消滅したことになる。しかし、前記杉本ら債務者はいずれも無資力であるから、これを回収することは到底不可能であり、残債権の消滅をもって損害が発生したものということもできない。

7 参加人の主張

(一) 参加人の過失について

参加人は、本件土地を評価するに当たり、その地積を六一三・三二平方メートルとしたが、これは登記簿上、国土調査の成果として右のとおり地積が表示されていたこと、国土調査は一般に正確で信頼しうるものであること、しかも参加人は昭和六〇年一月二六日に現地を見分し、その際本件土地に隣接する本件物件(五)の土地を巻尺を使用して概測したところ、その地積は同じく国土調査の成果として記載されていた同土地の登記簿上の地積と近似していたので、本件土地についても登記簿上の記載に誤りがないものと判断したこと、本件土地の周辺には国土調査の行われる以前からブロック塀が設置されていて境界は明確であり、その状況は評価当時までなんら変化がなかったことなどから、本件土地の測量をしないで登記簿上の表示に依拠したのであって、参加人の右行為に過失はない。

(二) 控訴人の損害について

参加人は、本件土地をその地積が六一三・三二平方メートルあるものとして時価四八九万二〇〇〇円(建付地の底地価格に通行権価格を加算したもの)、一平方メートル当り七九七六円と評価したのであるが、控訴人は、その主張によると、参加人の評価をはるかに上回る一平方メートル当り二万三六六五円(但し更地価格として)の価額をもって評価したものであり、参加人の評価を信頼せず、これとまったく異なる独自の評価に基づいて本件土地を買い受けたというべきであるから、参加人の行為と控訴人の主張する損害との間にはなんら因果関係はない。

また、被控訴人国の主張のとおり、控訴人は本件土地については第一順位の担保権者であり、したがって、控訴人が如何なる金額をもって本件土地を買い受けようとも、その代金はすべて控訴人に配当されることになるし、債務者らはいずれも無資力であるから、控訴人の債権は右配当によって回収する以外に方法はないものであり、参加人の行為により控訴人に損害が発生しているとはいえない。

三  被控訴人ら及び参加人の主張に対する控訴人の反論

1  評価人の過失について

評価人は、不動産鑑定士という資格をもった専門家であるから、土地を評価するについては、正確な鑑定価額を出すため面積を巻尺で概測する程度のことは要求されているものというべきであり、これは国土調査の行われた土地の場合でも同様というべきである。

したがって、評価人は本件土地の評価につきその職務を尽くしたとはいえず、過失があったことは明らかである。

2  損害について

(一) 参加人は、控訴人が本件土地を買い受けるにつき評価人の評価を信頼せず独自の評価に基づいて買い受けたものである旨主張するが、一般に不動産競売事件における評価人の評価は、時価より低額に見積ったものであり、買受を希望するものは、その評価書を見て物件の現状を知り、評価額(最低売却価額)を参考にして入札価額を決めるのであって、本件競売事件における控訴人の買受価額三一〇〇万円は、評価人のなした評価から予測される範囲内の金額であり、また時価として相当額というべきである。

(二) 被控訴人らは、控訴人に損害が発生していない旨主張するが、控訴人は本件競売事件における配当により、配当を受けた分だけ債権が消滅してしまい、債権侵害を受けたことは明らかである。控訴人が、仮に本件土地を四七三万三〇〇〇円少ない金額で買い受けていれば、控訴人に対する配当が少なくなる分だけ、債権が存続するのであるから、その債権の債務者らが現在は無資力であるとしても、将来回収がまったく不可能であるとはいえないし、また、回収に努力すると共に未収金を会計処理上損金として計上して節税に努めることができたものである。したがって、控訴人に損害が発生していないとはいえない。

また残債権が回収不能であれば、それはまさに被控訴人佐土原町がその原因をつくり控訴人に損害を蒙らせたことになるのであり、被控訴人佐土原町の主張は信義則に反するものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  控訴人の被控訴人佐土原町に対する請求について

1  請求原因1、2の各事実はいずれも右当事者間に争いがない。

2  同3について、(一)の事実は右当事者間に争いがないところ、この争いのない事実、及び、〈証拠〉によると、被控訴人佐土原町は、国土調査法による地方公共団体が行う事業計画に基づき、昭和四五年一二月から昭和四六年三月までの間に、本件土地を含む土地の地籍調査を実施したが、その実施調査による測量結果によると、本件土地の実測面積は四一三・三二平方メートルであったこと、しかるに右調査結果に基づき地籍簿を作成するに際し担当職員において、本件土地につき地籍簿の「地籍調査後の土地の表示」欄の「地籍」欄に誤って「六一三・三二平方メートル」と記載したこと、その後右地籍簿は一定期間閲覧に供されたが、当時の所有者訴外杉本盛義から異議の申出がなかったこともあり、右地籍簿上の誤記が発見されないまま宮崎地方法務局佐土原町出張所に送付され、その結果同出張所は、昭和四八年一〇月一日、本件土地の登記簿の地積を「国土調査による成果」を原因として「六一三・三二平方メートル」と変更登記をするに至ったこと、以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、被控訴人佐土原町の担当職員において、その職務を行うにつき過失があったことは明らかというべきであるから、右過失に起因して第三者に損害を発生させた場合には、被控訴人佐土原町は国家賠償法一条一項により、その損害を賠償する責任があるものといわなければならない。

3  そこで右過失に起因する控訴人の損害の有無及び数額について検討するに、〈証拠〉を総合すると次の各事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和五九年九月二七日、訴外金庫は宮崎地方裁判所に対し、本件競売物件につき、担保権実行として本件競売の申立をし、同裁判所は同年一〇月八日に競売開始決定をしたが、当時本件土地について、訴外金庫は訴外朝日建商株式会社を債務者として昭和五六年七月七日付け及び同年一二月一二日付けでそれぞれ極度額を金一〇〇〇万円とする根抵当権(共同担保)の設定を受けており、また控訴人は、訴外杉本和を債務者として昭和五九年三月二四日付けで極度額二〇〇〇万円の根抵当権(共同担保)の設定を受け(以上の事実は当事者間に争いがない。)、さらに訴外住宅金融公庫は物件(二)について第一順位の抵当権の設定を受けていた。

そして控訴人は、昭和六〇年六月一八日に、訴外金庫から同金庫の根抵当権及び被担保債権を金一六〇〇万円で譲り受け、本件土地につき第一順位の抵当権者(債権額合計三七四二万円余)になった。

(二)  宮崎地方裁判所は、参加人に本件競売物件の評価を命じたところ、参加人は昭和六〇年二月六日、登記簿上の地積を基礎として、その評価額を物件(一)につき金二一五万七〇〇〇円、同(二)につき金六〇万五〇〇〇円、同(三)(四)につき合計金二九二万九〇〇〇円、同(五)につき金七〇七万円、本件土地につき金四八九万二〇〇〇円(但し、更地価格一平方メートル当り一万一二〇〇円の九割五分相当の金額に〇・七を乗じた建付地の底地価格七四五〇円に面積を乗じ、これに通行権価額三二万三〇〇〇円を加算した金額)、以上合計金一七六五万三〇〇〇円と算出して、その評価書を同裁判所に提出した。

その後同裁判所は、本件競売物件を一括売却に付することとし評価人の評価に基づき最低売却価額を金一七六〇万円と決定して売却に付した。

(三)  控訴人は、本件競売物件を買い受け、転売して債権の回収を図ることを意図し、これを一括代金三一〇〇万円で買受けの申出をすることにしたが、その際、本件土地の地積がその表示のとおり六一三・三二平方メートルあるものと信じこれを前提として、物件(一)(二)の建物は評価人の評価額どおり合計金二七六万二〇〇〇円と、(三)(四)の建物は転売用のものとしては古いことから取り壊し更地にして処分することを前提に無価値と評価し、その余の金二八二三万八〇〇〇円を物件(五)と本件土地を合わせた代金(両土地の地積は本件土地が表示どおりであるとして合計一一九三・二二平方メートルとなるので一平方メートル当り二万三六六五円となる。)と考えていた。

(四)  宮崎地方裁判所は、昭和六〇年六月二八日、控訴人に本件競売物件を金三一〇〇万円で売却する旨の許可決定をし、同年九月一二日の配当期日において、右売却代金中、手続費用として金六七万五三一八円を控除し、物件(二)の第一順位の債権者訴外住宅金融公庫に同物件の売却代金相当額二一四万四七一七円を、その余の物件の第一順位の債権者である控訴人に残額二八一七万九九六五円をそれぞれ配当した(但し、控訴人は民事執行法七八条四項による差引納付の申出をしていたので、現実の配当はない。)。

以上の事実によって検討するのに、評価人は、公簿面積が正しく表示されていたならば実測面積に従って評価をし、その結果最低売却価額は低く定められ、控訴人はこれに応じてより安い価額で買受けることができたのにもかかわらず、公簿面積が誤記されていたため、不要な買受け代金の支出を余儀なくされ損害を蒙ったものということができる。してみると被控訴人佐土原町は、公簿面積の誤記に基づき控訴人に生じた相当因果関係ある損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

被控訴人らは、控訴人主張の損害は、控訴人が本件競売物件を買い受けるにつき物件の現状を調査確認していないことに起因して発生したもので相当因果関係がない旨主張し、原審控訴人代表者本人尋問の結果によると、控訴人が本件土地の地積を確認する等の調査をしていないことは認められるが、控訴人は本件土地については国土調査が実施されており、さらに執行裁判所の命じた評価人の調査を経ているもので登記簿どおりの地積があるものと信じていたことが認められるところであるし、国土調査の実施された土地の地積についてはこれが実施されていない土地に比し格段に正確で、十分信頼性を有するものといえるから、控訴人が本件土地の現状を確認していないことをもって、控訴人主張の損害が相当因果関係のないものということはできず、この点の被控訴人らの主張は採用できない。

そこで前示過失と相当因果関係のある損害について以上の事実によって検討するに、控訴人は、本件土地の時価は一平方メートル当り二万三六六五円が相当で、仮に地積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていれば同面積分金四七三万三〇〇〇円減額した金額で買い受けていた旨主張供述し、右主張は、控訴人の入札価格三一〇〇万円を前提とし、また物件(三)(四)を無価値とするものである。

しかしながら、控訴人の入札金額(買受金額)は、評価人の評価額及びこれに基づいて執行裁判所が決定した最低売却価額の倍近く、本件土地に限ってみると評価人の評価額の約三倍(更地価格でも二倍以上)で、高きに過ぎるものといえること(この点は原審控訴人本人尋問の結果により次順位買受申出人の入札価格が最低売却価額に若干の上乗せをした程度の金額であったことが認められることからも明らかといえる。)、また控訴人は、物件(三)(四)を無価値と評価しているが、それは控訴人の計算において、同建物を取り壊し、更地にして転売する方が有利と考えたことに基づくことが明らかに看取され、右建物を客観的にみて無価値とすることは評価人の評価に照らし採用し得ないこと、控訴人が右のとおりの高額な価格を申出たのは、控訴人において自己の債権の回収を図るためには本件競売物件を取得し、これを転売して利益を上げるしか方法がなく、そのため本件競売においてぜひともこれを落札する必要があり、他の第三者に落札されないよう最低売却価額から通常予想される入札価格以上の価格を申出たものであることが推認されること(この点は、前記のとおり次順位買受申出人の入札価格の点や、本件においては控訴人は先順位で三七〇〇万円以上もの債権を有し、かつ差引納付の申出をしていたことから、買受金額に多少の過多があっても配当額が数額の上で増額するだけで、実質上の出捐額には影響を及ぼさない関係にあったことからも推測される。)、その後本件土地の一部が高価で売却されたことがあるものの、それは物件(一)(二)が収去されその跡に建売住宅が建築されたための値上りによるものと推定される等の事情が認められ、これらによると、控訴人の評価したとする本件土地の価額をもって時価相当額ということはできず、また、控訴人において仮に本件土地の地積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていればその分減額した金額で買受を申出たと述べる点も採用できないものというほかない。

そこでさらに考えるに、前認定の事実から本件土地の時価(一平方メートル当りの単価)は評価人の評価額をもって相当というべきところ、あらかじめ本件土地の面積が登記簿上の面積より二〇〇平方メートル少ないことが判明していれば、評価人は実際の面積にしたがって評価をし、そしてその場合、評価人の本件土地の評価額(底地価格)は、一平方メートル当り七四五〇円であるから二〇〇平方メートル分金一四九万円を減額した金額となり、執行裁判所の最低売却価額も少なくとも右金額程度は減額されて決定されたものと推認される。そうすると、本件競売物件の買受申出人は、少なくとも右金一四九万円を減額した金額で買い受けることが可能であったもので、買受人である控訴人は、その買受代金中最低限度右金額については過大な出費を強いられ損害を受けているものというべきである。

以上によると、控訴人主張の損害のうち被控訴人佐土原町の過失と相当因果関係ある損害は右金一四九万円の範囲に限られるというべきであり、これを越える部分はこれを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

なお、控訴人は、本件土地の地積の誤りのため、訴外金庫及び控訴人をして真実の担保力を上回る過大な融資をなさしめ、仮に本件土地の地積が二〇〇平方メートル少ないことを知っていれば右不足分時価相当額(前記金四七三万三〇〇〇円)については融資を差し控えていたものであることを前提として種々主張するので検討するに、前記のとおり控訴人主張の本件土地の時価が相当でない点を差し置いても、本件土地は訴外金庫の融資、及び、控訴人の融資のいずれにおいても共同担保の目的物件の一つにすぎず、右の各融資は本件競売物件を全体として概略評価した担保力を基礎としているものと考えられること、さらには融資にあたっては物的担保のほか債務者の営業、資産状態や弁済能力、他の人的担保の有無、能力等を総合してなされるものであること、控訴人においては既に訴外金庫だけで金二〇〇〇万円の極度額を設定している本件競売物件にさらに金二〇〇〇万円の担保を設定しており、本件土地の地積が登記簿の記載どおりであったとしても既に担保力を越えることが明らかであること等の事情に照らすと、本件土地の地積の不足の程度をもってしてはこれが右の各融資に影響を与えたとは認めることができず他にこれを認めるに足りる証拠はないものというほかはない。したがって、控訴人の右各主張はいずれも前提を欠くものとして採用することができない。

4  以上によると、控訴人の被控訴人佐土原町に対する本訴請求は、金一四九万円、及び、これに対する控訴人が本件土地を買い受けた日の翌日である昭和六〇年九月一三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるものとして認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきであって、これを全部棄却した原判決は不当として変更を免れない。

二  控訴人の被控訴人国に対する請求については、当裁判所も理由がないものと判断するが、その理由は原判決理由説示(原判決一五枚目裏九行目から同一九枚目表三行目まで)と同一(ただし次のとおり付加訂正する。)であるからこれを引用する。

1  原判決一五枚裏九行目冒頭から一〇行目の「ない。」までを、次のとおり訂正する。

「請求原因1の事実、及び、同2のうち本件土地の実際の面積の点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証によると本件土地の実際の地積は控訴人主張のとおりと認められる。

そして同4の(一)の事実中、評価人に過失があったとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがないところ、」

2  同一六枚目裏六行目「前記のとおり」とあるを削除し、同一七枚目表五行目「怠った」を「しなかった」と訂正する。

3  同一七枚目裏一一行目末尾に次のとおり付加する。

「(なお念のため判断を加えるに、成立に争いのない甲第一、第二号証、原審証人森喬樹の証言によると、執行裁判所から評価を命じられた評価人である参加人は、本件競売物件を評価するに当たり、あらかじめ登記簿等を確認したうえ現地を見分し、その際本件土地の表側(道路に面した側)にあたる物件(五)の土地について巻尺を使用して面積を概測したところ、登記簿上国土調査の結果により変更登記された地積とほぼ一致したこと、そこで評価人は本件土地についても国土調査がなされているので物件(五)の土地と同様その登記簿上の地積に誤りはないものと考えたこと、以上の事実が認められる。

ところで、評価人は土地測量の専門家ではないから、特別の事情なき限り対象物件について厳密な測量をするまでの義務はなく、評価の前提として一応の概測をすることで足りるものというべきところ(地積に特に疑問がある場合執行裁判所に報告してその判断を求め測量士による測量を実施することになる。)、参加人は本件競売物件中その一部である(五)の土地について概測していること、右土地と本件土地はいずれも国土調査が実施され、その結果登記簿上も国土調査の成果として実測された面積が表示されていたこと、国土調査の実施された土地の地積は、実施されていない土地のそれに比し、はるかに正確なものということができ、一般的にその表示は十分信頼性を有するものと考えられること、等の事情に照らすと、本件において参加人が本件競売物件を評価するにあたって過失があったとまでは認めがたいといわなければならない。)」

三  よって、以上の判断と異なる原判決中控訴人の被控訴人佐土原町に対する敗訴部分を主文一項のとおり変更し、控訴人の被控訴人国に対する本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について同法九五条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 澤田英雄 裁判官 郷 俊介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例